判例は、「訴え提起前」に司法書士・弁護士等から取引経過開示を求められたのにもかかわらず、取引経過を全く開示しないあるいは一部しか開示しないことが、不法行為を成立させ損害賠償の対象となるか否かについての判断である。
不当利得返還訴訟・債務不存在確認訴訟・特定調停申立て等裁判内での開示義務の有無を判断しているのではないことに注意をする必要がある。
判例は積極、消極に分かれていることは周知のとおりであったが、平成17年最高裁判所は積極の判断を下した。

(1)消極判例
原告の主張と裁判所の判断は次のとおりである。
原告の損害賠償請求は、貸金業者である被告に原告との全取引経過を開示すべき義務があることを前提とするものであるから、右開示義務の存否につき検討する。
〔原告の主張1〕
「取引の当事者間は互いに適正な取引のために協力すべき信義則上の義務を負い、反復的な貸金取引においては、貸金業者は全取引経過の開示義務を負う」。

【判旨1】
「取引の当事者間に権利義務の存否や内容について争いのある場合、双方が互いに自己の主張を裏付ける資料を示すことは紛争の早期解決のために有益であるが、一方が相手方に対して手持ち資料、情報の開示を請求する権利を有し、相手方が開示義務を負うと解すべき実定法上の根拠は見いだし難く、一般的に右のような開示請求権、開示義務を認めることはできない」。
〔原告の主張2〕
「貸金業法19条は、業務に関する帳簿を備え、債務者ごとに契約年月日、貸付の金額その他の事項を記載し、これを保存することを義務づけている。この帳簿保存義務は取引の適正化を図るとともに、貸付に関する紛争を防止することを目的とするものと解され、法19条が取引経過開示義務の根拠となる」。

【判旨2】
「貸金業法19条は、貸金業者に対する規制の一つとして帳簿の記載及び保存を義務づけているにとどまり、帳簿の記載内容の債務者等に対する開示については何ら定めていない。また帳簿の保存期間は、『貸付の契約ごとに、当該契約に定められた最終の返済期日(当該契約に基づく債権の消滅した日)から少なくとも3年間』と規定されており、過去の全取引経過についての帳簿の保存が義務づけられているわけではない。したがって貸金業法19条の規定から直ちに原告主張の取引経過開示義務を認めることはできない」。
〔原告の主張3〕
「金融庁事務ガイドラインは貸金業19条所定の帳簿の記載事項の開示につき、貸金業者は、債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該債務の弁済に係る債務の内容について開示を求められたときは、協力しなくてはならない。と明確に定めている」。

【判旨3】
「ガイドラインは、貸金業法19条の運用に関する金融庁の基本方針を定めたものであって、貸金業者と債務者等との間の法律関係を直接規律するものではない。またガイドラインによって開示に協力すべきであるとされているのは、債務の弁済を行おうとする者から当該弁済に係る債務の内容について開示を求められた場合に限定されており、弁済により消滅したとされている取引等を含む全取引経過の開示を対象とするものではない。したがって、ガイドラインも原告主張の取引経過開示義務の根拠となるものではない」。
〔原告の主張4〕
「貸金業者による全取引経過の開示が広く一般的に行われて慣習化している」。

【判旨4】
「慣習化しているという事実を認めるに足りる証拠はない。以上によれば、原告主張の取引経過開示義務を認めることはできないというべきである。権利の行使及び義務の履行は、信義にしたがい誠実に行わなければならず(民法1条)、貸金業者の権利の行使や義務の履行の方法、態様が社会的相当性を欠き、信義則に反すると評価され、これによって債務者の利益が侵害された場合には、貸金業者は債務者の蒙った損害を賠償する義務を負う」「しかし、貸金業者が債務者等の求めに応じて全取引経過を開示すべき法的義務を負うとは認められないことは前示のとおりであり、したがって、全取引経過を開示しないことが直ちに信義則に反すると評価することはできない」。

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1審の争点に対する判断を踏襲して、「取引経過の開示義務は実体法条の根拠を欠き、損害賠償請求は理由がない」としたうえで、取引経過開示義務につき「特定調停法や消費者契約法は、右義務(取引経過開示義務)を創設したものでも、その存在を確認したものでもないことは、その文言や立法の趣旨から明らかであり、貸金業法における帳簿の作成、保存はその『開示義務』を前提とするものではないし、貸金業者と顧客との継続的取引において付随的義務などとして右義務が生じることもない。
したがって右義務の必要性を強調し、その違反について慰謝料の支払を請求することは、恣意的に権利義務を定立してその違反を論難することとなり、到底、理由があるとはいえない」と判示して、金融を業とする者の公共性あるいは信義則から要請される保護義務を真っ向から否定している。
「貸金業法19条が前提とする取引経過開示義務について、監督官庁の監督、行政処分及び刑罰によって確保することとしており、直接何らかの私法上の効力を規定しているものと解されない。信義則に基づく取引経過開示義務についても、具体的事情を判断し不開示が信義誠実の原則に著しく反し、社会通念上容認し得ない違法に行為とまではいえない」と判示して、私法上の取引経過開示義務を否定し、信義則上も違法であるとはいえないとした。
義務の有無にかかわりなく民法1条の信義則の適用につき次のように判示した。
「取引関係にある債権者と債務者は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行すべきであるから、その行為の態様、なされた状況その他諸般の事情によっては、貸金業者の取引経過に関する情報の不開示が信義誠実の原則に著しく反し、社会通念上容認し得ない違法な行為と評価される場合があり得るところ、その違法性を主張する者は、これを基礎づける具体的な事実を主張すべきであるが、本件において、このような事実を具体的に認めるに足りる証拠はない」。

(2)積極判例
積極判例は多数ある。
①金融庁事務ガイドラインの規定から開示義務があるとし、開示義務違反が不法行為を構成するというもの、
②同ガイドラインを直接の根拠として顧客に対する取引情報開示義務を法的義務として導き出すことはできないとしながらも、信義則に基づき開示義務を認めるもの、また
③信義則については、内容に言及するもの、および④内容に言及せず信義則上の義務があるとするものに分かれる。
金融庁事務ガイドラインを取引経過開示義務の法的根拠とすることはできないとしながらも信義則上全取引経過の開示義務を認め、信義則の具体的内容を「すなわち、契約関係にある当事者間には一個の有機体として信義則が支配しているというべきである。
そして、本件のような消費者金融についていえば、貸手が金融の専門家であるのに対し、借手は一消費者に過ぎないのであるから、契約に関する情報や判断能力において、構造的に貸手が圧倒的優位に立っているという現状を考慮する必要がある。
特に本件のごとく包括契約に基づき長期間にわたって貸付と返済が多数回繰り返されている場合には、借手である一消費者が包括契約以後の多数回の貸付と返済の全てについて記録を保存して内容を把握しておくことは、現実問題として不可能あるいは著しく困難であるといえ、通常の貸金における弁済の問題と同視することはできない。
一方、貸手である貸金業者は業務として契約に関する情報を管理・保存しているのであるから、貸手が借手に対してその取引の経過に関する情報(取引明細)を開示することは容易になし得ることであるし、その他に開示することによって貸手が不利益を被ることは考えられない。
よって、貸手である被告は、借手である原告に対し、その全取引明細(情報)を開示すべき義務を信義則上負っているというべきである」。
信義則の内容を公共性・公益性の面から論じている。
「多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が、委任した弁護士を通じるなどして、貸金業者に対し、残債務または過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めた場合には、信義誠実の原則から、貸金業者はこれを拒絶する合理的な理由がある時を除き、これに応ずる義務があり、これに反して開示を拒否したときには不法行為が成立する」。
次のように判示して開示義務を認めたが、不法行為は否定した。
「1.消費者金融業者は、債務の弁済を行おうとする者から、負債総額を確認するため取引経過の開示を求められた場合には、すみやかにこれに応じて開示すべき信義則上の義務がある。2.消費者金融業者が、債務者代理人弁護士からの求めに応じて全取引経過を開示しなかったとしても、債務者の置かれた立場に差異がなく、債務整理の遂行とも関係が少ない場合には、損害が生じているとはいえない」。
「貸金業者は、債務者から取引履歴の開示を求められた場合には、特段の事情がない限り、信義則上これを開示すべき義務を負う」と判示して、取引履歴開示義務に一応の決着をみた。
最高裁判所は、開示義務の根拠を貸金業法そのものに求め、貸金業法が適用される金銭消費貸借の付随義務としての信義則としての義務という構成をとり次のように判示する。
1.貸金業法19条及びその委任を受けて定められた貸金業の規制等に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)16条は、貸金業者に対して、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿(以下「業務帳簿」という。)を備え、債務者ごとに、貸付けの契約について、契約年月日、貸付けの金額、貸付けの利率、弁済金の受領金額、受領年月日等、貸金業法17条1項及び18条1項所定の事項(貸金業者の商号等の業務帳簿に記載する意味のない事項を除く。)を記載し、これを保存すべき義務を負わせている。
そして、貸金業者が、貸金業法19条の規定に違反して業務帳簿を備え付けず、業務帳簿に前記記載事項を記載せず、若しくは虚偽の記載をし、又は業務帳簿を保存しなかった場合については、罰則が設けられている(同法49条7項。貸金業施行時には同条4号)。
2.貸金業法は、貸金業者は、貸付けに係る契約を締結するに当たり、17条1項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を債務者に交付し、弁済を受けた都度、直ちに18条1項所定の事項を記載した書面(以下、17条書面と併せて「17条書面等」という。)を弁済者に交付すべき旨を定めている(17条、18条)が、長期間にわたって貸付けと弁済が繰り返される場合には、特に不注意な債務者でなくても、交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり、貸金業法及び施行規則は、このような場合も想定した上で、貸金業者に対し、同法17条1項
及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたものと解される。
3.また、貸金業法43条1項は、貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払ったものについては、利息制限法1条1項に定める利息の制限額を超えるものであっても、17条書面等の交付があった場合には有効な利息債務の弁済とみなす旨定めており(以下、この規定によって有効な利息債権の弁済とみなされる弁済を「みなし弁済」という。)、貸金業者が利息制限法1条1項所定の制限利率を超える約定利率で貸付けを行うときは、みなし弁済をめぐる紛争が生ずる可能性がある。
4.そうすると、貸金業法は、罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって、貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに、債務内容に疑義が生じた場合は、これを業務帳簿によって明らかにし、みなし弁済をめぐる紛争も含めて、貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。
金融庁事務ガイドラインが、貸金業者の監督に当たっての留意事項として、「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること。」と記載し、貸金業者の監督に当たる者に対して、債務内容の開示要求に協力するように貸金業者に促すことを求めている(貸金業法施行時には、大蔵省銀行局長通達「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」第2の4(1)口回に、貸金業者が業務帳簿の備付け及び記載事項の開示に関して執るべき措置として、債務内容の開示要求に協力しなければならない旨記載されていた)のも、このような貸金業法の趣旨を踏まえたものと解される。
5. 以上のような貸金業法の趣旨に加えて、一般に、債務者は、債務内容を正確に把握できない場合には、弁済計画を立てることが困難となったり、過払金があるのにその返還を請求できないばかりか、更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど、大きな不利益を被る可能性があるのに対して、貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり、貸金業者に特段の負担は生じないことにかんがみると、貸金業者は、債務者から取引履歴の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として、信義則上、保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきである。
そして、貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは、その行為は、違法性を有し、不法行為を構成するものというべきである。」

(3)判例の判断基準の分析
取引経過開示義務に関しての判例を検討したが、以上のことから次のような分析も可能である。
〔取引経過開示義務の判断基準〕
① 法文上も信義則からも取引経過開示義務はないとする。
② 法文上の直接の取引経過開示義務はないが、金融業者の公共性等から取引相手の保護義務等が信義則上認められ、義務ありとする。
③ 法文上の直接の取引経過開示義務はないが、信義則の内容は明示せず、信義則上開示義務がありとする。
〔取引経過開示義務と違法性の判断〕
① 取引経過開示義務の判断をしないで、社会的相当性を逸脱した行為の場合は違法性を認定する。
② 法文上も信義則からも取引経過開示義務はないとして違法性を否定する。
③ 取引経過開示義務を認定し、義務違反はそれだけで違法性を認定する。
④ 取引経過開示義務を認定し、義務違反は社会的相当性を逸脱する行為として違法性を認定する。
⑤ 取引経過開示義務を認定し、その義務違反の程度が著しい場合には社会的相当性を逸脱して違法性を認定する。
このようにみると違法性の判断は[社会的相当性を逸脱した行為]もしくは「社会通念上容認し得ない行為」がメルクマールとなっていることがわかる。
具体的な行為の認定には、個々の事例によって判断・主張するしかないが消極判例をみると必ずしもこれら行為の主張が十分なされていないと思われるものもある。
不当利得返還請求とともに不開示に基づく損害賠償も同時に請求する場合には次のように主張することも可能である。
これは訴訟内での主張であるが便宜上ここに掲載しておく。

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